akinaga: 2011年5月アーカイブ


北大西洋のグアドループという国の、プアンタピットルというところから、

帰ってくるときのことでした。

飛行機に乗って出発を待っていると、点検が長引いているとのことでした。

いつ、出発するか今は分からない、と言うことでした。

 

エンジンは切られていて、機内は暑くなって来ました。

ですから、乗務員の人たちが、ドアを全部開けて風を通してくれました。

・・・いつまで経ってもエンジンが掛からず、そして、いつ出発できるかも

分からなかったので、空港内に戻ることもできなかったのです。

 

周りの人たちは、諦めて、寝ている人、本を読み出す人、お友達とお話を

している人、みんな、色々なことをしていました。

私は・・・・空腹でした。

お腹がとっても空いていました。

この後、飛行機が飛んで、お食事が出る・・なんて考えたら、もっとお腹が

空いてきました。

 

結局、お食事も機内に運び込まれて来ませんでした。

乗務員の人たちも、「お腹空いたわ!」とか、「疲れてきた!」と言って

いました。

それでも、お客様に申し訳ないという気持ちから、笑顔で機内を歩いて

1人1人に声をかけてくれました。

 

とうとう3時間、経ってしまいました。

私は、空腹で・・・頭がボーっとしてきました。

(こんなことなら、食料をたっぷり買って置けば良かった!!)

と後悔をしながら、

(今度、どこかに行くときには、絶対に食料を持ち込む!)

なんて、計画まで立てて、リストまで作ってしまいました。

 

すると、地上職員が機内に何か荷物を持って入ってきました。

乗務員の人たちは、大喜びで、中を開けました。

ぷ~~んとものすごい、恐ろしい、匂いがしてきました・・・・。


ブルーチーズでした。

 

乗務員の人たちが、

「食べ物もない状態なんて信じられない。何でもいいから差し入れして!」

と頼んでくれたそうです。

そして、運ばれたのが、トースト・パンと焼き・ブルーチーズでした。

私は、匂いがきついと言う理由だけで、ブルーチーズを食べたことが

ありませんでした。

って、ものすごい臭いだから・・・・・。


でも、あの時のは強烈でした、あのブルーチーズを焼いちゃったから・・・・。


さて、私はどうなってしまったでしょうかぁ。


今朝、私は急いでいました。
とってもとっても急いで銀行へ向かっていました。

早歩きでバタバタ歩いていると、
「ぴゅーん」と黒いものが目に入りました。
そう、ツバメでした。


去年、初めて気がつきました。
自宅の近くに、洋服の問屋さんがあります。
そこのビルの1階の壁のところに、ツバメの巣ができていました。

そして、手書きの張り紙がありました。
「↑ここにツバメの巣があります。驚かさないであげてください。
 皆さんで、どうぞ温かく見守ってあげてください。」
と。

去年、じ~~~んと感動して、いつもそのビルの前を通ったことを思い出しました。
いつの間にか巣立ってしまったので、ちょっと残念に思っていました。


「また、今年も来たんだぁ~。」
すると、親鳥が雛に餌を与え、また、飛んで行きました。
よく見ると、巣の中から、小さなクチバシが2つ見えました。

(がんばれ!!)
一気に、心が優しくなりました。

まだ、ソビエト時代の、モスクワのコスモスホテルに宿泊した時のことです。

仕事仲間とは別々の部屋でした。

部屋の入り口には、チェーンがありませんでした。

これでは、危険です。

 

私は、到着したばかりで疲れていましたが、家具の移動を始めました。

ドアの方に応接セットを持ってきて、積み上げました。

もしも、泥棒でも入ってきたら、まず、この応接セットが邪魔をする。

私は、助けを呼ぶ時間が出来る・・・と思ったからです。

 

そして、安心して、ゆっくり休むことができました。

翌日、ゆっくり起きてホテルのレストランに行く時、それはそれは、大変でした。

積み上げた応接セットを全部おろして、一応、元の位置に戻して出ました。

 

仕事仲間とレストランで落ち合い、話し始めました。


友人が、

「さっきぃ~、私の部屋で、ガ~~~ガ~~~うるさくて、目が覚めたら

 私のベッドの周りに掃除機をかけていたの・よぉ~・・

 ハウスキーピングのおばさんが。」

と・・・。


笑ってしまいました。

そして、彼女は、

「はっ!!」としたけれど、なぜか、「アイム・ソーリー」って言っちゃったら、

「OK!OK!」って言われちゃったんだけど・・・。」

と。

 

そう、だから、応接セットをドアの前に積み上げなきゃ!

じゃなくて、世の中まだまだ色々なことが起こる!と思いました。


 

先日、新人の乗務員さんが、初めてのフライトでデモンストレーションをさせられた
ことを書きました。
周りのみんなグルで、救命胴衣が膨らんでしまって「やられたぁ~」という話でした。


あの飛行機が無事に成田に到着してからのことを書きます。

私は、うっかり自分の席に忘れ物をしてしまったことに気が付きました。
すぐに機内に戻りました。

お掃除の方が入り始めていて、焦りましたが、地上職員の方が「大丈夫です」と言って
くださったので、進みました。
すると、人だかりができていて、通路を塞いでいました。

全員、乗務員の人たちでした。

私は、「すみません。席に忘れ物をしたので、行っても良いですか?」
と言うと、乗務員さん達は、
「しぃ~~~!!今はダメ!ダメ!」
と、言われてしまいました。

「ちょっと待って!一緒に見てご覧。」
と。

見ると、飛行機のうしろ~~~~~~~~の方で、何かが動いていました。
良く見ると、あの、あの救命胴衣を膨らましてしまった新人の乗務員さんでした。

すると、こちらのほうから、1人の乗務員さんが、
「早くしないと、床掃除の人達が入ってきちゃうぞ!」
「きちんと拭きなさい!!訓練で教わらなかったの??」

そうです、また騙されていました、あの新人の乗務員さん。

「新人はね、飛行機の窓を全部拭くんだ!と言ったので、今、窓拭きをしているの。」

あまりにも単純な新人の乗務員さん。

他の乗務員さん達は、本当におなかを抱えて笑っていました。
その内に、地上職員の方々、そして、お掃除の人達も増えてきたので、種明かしを
していました・・・私も無事通路を通って、忘れ物を取ることが出来ました。

そう、2・30枚は拭いていましたでしょうか・・・窓を。

1990年、ロンドンに行ったときのことです。

私は、小さいころから舞台鑑賞が大好きでしたので、絶対に「CATS」を観たいと
思いました。
本場のものを観たい・・・そして、切符を取りたかったのですが、思い付きでしたので、
とりあえず、劇場に向かいました。

すると、日本でも良く見かける・・・切符をたくさん持ったおじさんたちがいました。
相場も分かりませんでしたが、時間もなかったので、友人と2人で切符を買いました。
とても安かったのを覚えております。

席は、2階席でしたが、一番前でした。
劇場に入ると、舞台は正面でした。
端っこじゃなかったんです。
「すご~い、いいのぉ~?こんな感じで、安いチケットで観ちゃって。」
と2人で感激してしまいました。

しばらくすると劇場内が暗転。
結構長い間、音楽が鳴っていて、暗いままでした。

少しずつ目が慣れてくると・・・なんとなく・・・なんとな~~く、回っている・・・
・・・・・舞台が。

♬ジャ♩ ジャ~~~ン♬
会場がパッと明るくなりました。
びっくり!!

真正面にあった舞台が、ない。

そうです、暗転の間に180度回転していました。
私たちは、舞台の真横より後ろ寄りに座っていました。。

何もかもが、あっちを向いてしまっていました。

はじめに出てきたネコは、あっちの方を向いて歌っています。
みんな、出てきたネコたちは、あっちを向いて歌っていました。
そのほかのネコたちも、お尻の尻尾が見えました。

悲しくはありました。
でも、私たちの周りに、いきなりネコたちが現れて・・・
かなりびっくりしましたが・・・・踊って、歌っていましたので、「良し」としました。

あれ以来、オペラやバレエなどの切符は、必ず、必ず、事前に手に入れてから出かけます。

あ~でも、綺麗でしたぁ!

あるフランス人の子供たち。
2人の小学生の男の子たちがいました。

初めて日本人を見たとかで・・「私」を見て、珍しかったようです。
「髪の毛が黒いんだね~。目は一重じゃないんだぁ~」
とか・・・、

「侍は、本当にいるのか?」
「本当に刀を差しているのか?」

「本当に、生魚を食べるのか?」
・・・とか、
「どうやって生魚を食べるのか?」

などと、質問攻めでした。


一通りの会話が終了して、私は、リビングで飼われていた熱帯魚を
見つけました。
水槽に近づき、熱帯魚を見ていました。

すると子供たちは、一匹一匹につけた名前を、教えてくれました。

「ふ~~ん。」
と言って、私は、熱帯魚をじ~~~っと見つめていました。
熱帯魚は、とても綺麗でした。


その熱帯魚を見ている「私」、を見ている「子供たち」。

そこで私は、一言だけ、言いました。

「おいしそう!」

子供たちは、びっくりして、後ずさりしました。
そして、その後、大泣きでした。

あ~~、ごめんなさい。嘘です、嘘です、ついでに侍はもういませんからぁ~。
国内の日程表作成は、ベテランの方がいらっしゃるので、私はあまりすることが
ありません。でも、年に1~2回ほど、偶然にも作成することがあります。

行き先が広島、兵庫方面だったりすると・・・想い出がよぎります。

私が、まだまだ小さくて、本当に可愛い頃、家族で広島・原爆ドーム、兵庫・姫路城へ
出掛けました。
広島で食べた凄く新鮮な牡蠣に、いきなり、あたりました。
症状は、恐ろしいほどひどかったことを覚えております。

ひどい症状のまま、姫路城を観光し、お城の中の階段も梯子を上ることもきつく、
姫路城が素晴らしかったのか、素晴らしくなかったのか、すら覚えておりません。

あれから、どんなに新鮮と言われる牡蠣も、煮たり焼いたりしている牡蠣も
だめになりました。
牡蠣の臭いすら受け付けなくなりました。
5年、10年経っても、食べることはできませんでした。

ある日、私は、レストランで『たらこスパゲッティ』を食べました。
味がとても薄くて、お塩をふりました。
それでも、まだ足りなくて、またふりました。

それでも、まだ足りなくて・・・。
そばで見ていた友人が、バッサバッサ、お塩をふっている私を見て驚いていました。
私も、これだけお塩をふっているのに、味が薄い・・というか、味がしない・・のは
おかしいと思いました。

すぐに病院に行きました。
味覚障害でした。
酢の味は、かすかに分かりました。
でも、しょっぱさ、苦さ、辛さ、甘さは全く分かりませんでした。本当に、「無味」。

お医者様が言いました。
「亜鉛を取ってごらんなさい。サプリメントで取っても良いけれど・・・即効性がある
一番良ことは、牡蠣を食べることです。」と。

あ~~~~最悪。
「牡蠣は、全く食べられません。」と言うと、
「ハマグリなら食べられる?」とお医者様が聞いてきました。
「ハマグリなら大好きです。」と私。

お医者様は続けました。
「牡蠣1個分の亜鉛は、ハマグリだと・・・50個分なんだけれどねぇ・・・。」

げげげ。
一体ハマグリ50個も、どうやって買うんでしょうか・・・。
どうやって食べるんでしょうか・・・。
今度は、ハマグリ・アレルギーになっちゃいます。

お医者様は、
「牡蠣なら、1日、2・3個、何日か食べれば大丈夫なんだけれど・・。」
とおっしゃいました。

つまり、つ・ま・り、1日に、ハマグリ150個食べろ、って言うことですねぇ~??!
それも、何日か・・・って・・一週間で、1000個以上・・・ですか?!
いくら貝が好きだからって、ラッコだって、そんなに食べないと思います。

私は、決意しました。
「絶対に食べてみせる。牡蠣を、絶対に食べてみせる。」

味覚障害は、痛くも痒くもないけれど、つらい病気でした。
それを直すのに、牡蠣さえ食べれば直るのなら、「食べる!」って、思いました。

早速、火の通った牡蠣を選び、牡蠣フライを食べました。
牡蠣を食べると、1分後には、体の調子が悪くなるので、ちょっとだけ
1個の5分の1食べました。
そして、10分後、5分の1・・・と言うように少しずつ食べました。

そして、1日2~3個、2~3日食べ続けて、完治しました。
私の意志の強さと、根性が勝ちましたね!
アレルギー克服です。

本当に良かったです。
今では、生牡蠣も食べられます。

今日もありがとうございました。

亜鉛万歳! 牡蠣万歳! 広島万歳!です。

このごろ、人の名前を良く間違えます。
正しい感じだけど、ちょっと違う。
でも、どこが違うか良くわからないけれど、こんな感じって。

でも、私は、若いころからそうです。

私生活では「爆笑」で済みます。

また一度聞きかじったことを、ず~~っと本気で思っていることも多々あります。
周りは、
「いい加減気がつくでしょう!?」
ということでも、本気で覚えています。
そう、素直だから、でしょうか。ナンテ冗談です。

「思い込み」・・と言えば、「Reebok」というシューズメーカーに
ついて以前友人から聞かされた話があります。
私は、あまりスニーカーは履きませんが、一度だけこの「Reebok」の靴を
買ったことがあります。

買い物に一緒に行った仲間が、言いました。
「知ってる?Reebokって、韓国のメーカーでぇ、
李(リー)さんと朴(ボク)さんが作った会社なんだってぇ~。」
だ・か・ら・リーボック!凄い♪

私は、凄いと思いました。
このアイディア!感動です。
一度で気に入り、オリンピックのときにソウルで、シューズを買いました。

他の仲間たちも、シューズを可愛い、カッコ良い、と褒めてくれました。

日本に戻ってからも、褒めてくれた人たちには、会社の名前の由来を
教えてあげました。
だれもが信じてくれました、たぶん。


そう、イギリスのメーカーだと知ったのは、ごく最近のことです。ひどい!
あ、でもあの友人も真剣に早とちりの思い込みをしていたのかも知れません。

人って、一度インプットしたことを疑うことも、また、新しい物に書き変える
こともできないで一生を過ごし終わってしまうこともある、って思いました。。

読んでいただいてありがとうございました。

今日はとても暑い一日でした。
こんな日には、私は、涼しいところ、寒いところのことを
思い出し、イメージだけも涼しくします。

モスクワを経由したときのことです。
そう、あの時は、まだソビエト連邦でした。

空港で1時間の待ち時間がありました。
夜でしたので、外は、空港の明かりはあるものの、ま~~~暗っ!
雪がシンシンと降っていました。
雪の粒が、明かりに照らされてキラキラしていました。

再出発の案内があり、座席に戻り、シートベルトをしていると、
飛行機の翼の上に、雪が積もっていました。

機内アナウンスがありました。
「翼の上に、雪が積もってしまいましたので、今から除雪作業を始めます。。
出発時間が遅れる見込みです・・・」と。

私は、その除雪作業を見ていたくて、ずっと外を眺めていました。
すると、2人のおじさんが現れました。
吐く息も白く、大変なお仕事、ありがとうございます!

竹箒のような物を手に持って、翼の上を「サ~~~~、サ~~~~~」って
なぞり始めました。
ゆ~~っくり、ゆ~~っくり、サ~~~、サ~~~って掃いて。
穏やかな時が過ぎました。

しかし、雪の降り方も強くなり、ズンズン積もる・・・という感じで、
掃いても掃いても、ズンズン積もる。

でも、30分ほどしたころでしたか、やっと、翼の色が見え始め、
作業も終わったようです。
早く、早く離陸せねば・・・。

すると、また機内アナウンスが入りました。
「お客様に、ご案内申し上げます。今、右側の翼の上の雪かきが
終わりました。これから左側の翼の上の雪かきを始めます・・・。」

すると、右側のおじさんたちが、左側にやってきました。
そして、作業を始めました。
さっきの竹箒で、翼の上を「サ~~~~、サ~~~~~」ってなぞり
始めました。

雪の降り方は、ドンドン強くなって来ました。

そして、30分後、機内アナウンスが入りました。
「お客様にご案内いたします。ただいま、左の翼の上の除雪作業が
終了いたしました。しかし、その間に右の翼の上に、また雪が積もりました。
これから、右の翼の上の除雪作業を開始いたします。」
 

 
・・・って、漫才じゃないんだからぁ~。
そして、
「右の翼の上をやったら・・・また左の翼の上に積もっちゃってぇ、
左の翼の上をやったら・・・またまた左の翼・・・そしてそして・・・」

すると、今度は、両方の翼に2人ずつ、作業のおじさんたちがやってきて、
両方の翼の除雪をしました。

そして、約2時間遅れで、モスクワを無事離陸致しました。

少し、涼しくなりました。
読んでいただいてありがとうございました。

占い師

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昔のことです。
私が、まだ若かったころです。

占いが、とても流行っていた時期がありました。

表参道に『占いの館』と言うのがあると言うことで、
(どんなことを言われるのか・・・)
と、ちょっとドキドキしながら、お友達と行ったのです。

大きなお部屋の中に入ると、4~5つの小部屋に分かれていました。

「どうせなら、女の人の占い師が良いよねぇ~。」
と相談しながら、占い師の紹介のパネルを見ていました。

私は、ある女性占い師のお部屋に入りました。
そして、鑑定料を支払い、進みました。

机の上に水晶玉が置いてあって、アラビアンのようなドレスをまとった
女性が座っていました。

  私  :「失礼します。」
占い師:「どうぞ、ここにお座りください。」

普通でしたら、ここで
「今日は何を占いたいですかぁ~?恋愛?それとも・・・」
(こんな感じだわ~)
と想像していました。

ですから、
(何を占ってもらおうかしらぁ~。)
と考えていました。

その時です、占い師は私に聞きました。
占い師:「(水晶玉を見ながら) う~~~~~~ん、あなた・・・同業者?」
って。

  私  :「は?」
占い師:「だ・か・ら、あなたは、占い師ですか?」
  私  :「いいえ、違います。」
占い師:「え?違う? ん~~~~じゃ~~~~~~~あねぇ、劇団の人??」
  私  :「え?」
占い師:「だから、舞台で演劇している人?」
  私  :「いいえ、違います。」

そして、その占い師、
「じゃあ、あなたの職業・・・・は・・・何?」
って・・・。

それを占って、当てるのは、占い師の「あ・な・た」のお仕事です・・・!!
もう、びっくりして、何も聞かずに、すぐに出てきてしまいました。

本当に色々な人がいます、世の中。

今日も読んでいただいてありがとうございました。

ある飛行機の中でのことです。

私は、ヨーロッパ国内を経由して、同じ飛行機に乗って成田に帰るところでした。
その経由地で、乗務員さんが全員入れ替わりました。

すると、アメリカ人のお客様に、一人の乗務員さんが、何か話していました。

どうやら、経由地から乗って来た方のようで、その方に救命胴衣や、酸素マスク等
のセキュリティーの説明をし始めました。

今では、みんなセキュリティーの説明は、ビデオテープで流されるので、イメージ
できないのではないかと思いますが、昔は、全てアナログ式でした。
乗務員さんたちは、実際には膨らまない救命胴衣やチューブの切れている酸素マスク
などの道具を使ってお客様たちに説明をしていました。

最初から乗っているお客様たちには、出発地で既に説明されているので、
セキュリティーの説明はされませんでした。
お客様は、再出発するまで何もすることがなく、ボーっとしているだけでした。
ですから、自然とみんなの視線は、その乗務員さんに向かっていました。

さて、どうやら、その乗務員さん、本当の新人さんだったようで、他の乗務員も全員、
遠くの方から見守っていました。
そのアメリカ人のお客様も、自分のためだけに説明をしてもらっていて、ちょっと照れた
感じでした。

酸素マスクの説明も、うまく行き、救命胴衣の説明に入っていました。
英語で
「ここを引っ張ると空気が入り、膨らみます。」
と動作をしたとき、遠くの方から見守っていた他の乗務員たちが、その新人さんの
乗務員に向かって、
「もっと、強く、きちんと引っ張れ!!」
とジェスチャー交えて言っていました。

その新人さん、ちょっと照れたように、もう一度、
「この紐を引っ張ると膨らみます。」
と言いました。

うまく行った感じでしたが、遠くから見守っていた乗務員の1人が、ツカツカとやってきて、
その新人さんの横に立ちました。
「訓練でやったでしょ。そんな簡単なジェスチャーで何が伝えられるの?真剣にやらなくちゃ!」
と言っていました。
アメリカ人のお客様に対しても、
「申し訳ございません。この乗務員は、新人なのです。どうぞ許してやってください!」
と謝って、
「場慣れさせる為にも、もう一度させたい。」
と言いました。

(あ~、救命胴衣等、セキュリティーの説明は、お客様、そして自分たちの命を守るもの。
本当に真剣にやっているのねぇ。)
と感心して見ておりました。

そして、その新人さん、3回目のデモンストレーションを始めました。
「この紐を強く引っ張ると・・・」
と、言われた通りに今度は、本当に強く、強く、引っ張りました。

プププシュ~~~~~~~
あらららら~、本当に膨らんじゃいました、救命胴衣が・・・。

見る見るうちに空気が入り、救命胴衣がパンパンに膨らんでしまいました。
新人さんは、アップアップしてしまいまして、バタバタ暴れてしまいました。
とても驚いていました、お客様も、新人さんも。

アメリカ人のお客様は、
「アイム・ソーリー」
と謝っていて、遠くで見守っていた乗務員たちは、大拍手をしていました。

そうです、新人への儀式だそうです。
初めてのフライトを迎えた新人にいたずらを仕掛けるのが、慣わしだそうで・・・。
本物の救命胴衣を用意して、デモンストレーションに使わせていました!

そう、そして、経由地から搭乗したと言うアメリカ人の方は、いたずらを仕掛ける
手伝いを頼まれたと言うことでした。
乗務員が全員入れ替わったので、どのお客様が、最初から乗ってきたかなんて
分からなかったのです。

一気に機内がゆる~い空気に包まれました。
当に今では信じられないくらい、和やかないい時代でした。

今日も読んでいただいてありがとうございました。


【きっと恐らく観光ルートである、川に連れて行かれ、3匹のワニが岸に

上がってきて・・・・青年の「チキン」と言う言葉で、「フライドチキン」が出てくると

思って・・・・・そしたら、生きたニワトリさんがワニに食べられちゃって・・・きっと

これも観光ルートの中のパフォーマンスだって・・・・やっと気がついて・・・

そしたら、今度は、カメラを取られて・・・そして、ワニの方に無理やり

連れて行かれて・・・今度こそ、冗談じゃなくて、本当に3匹のワニに

私が食べられる番だ・・・って気がついたら、恐ろしくなって・・・・・】

 

 

「嫌だぁ~~~~!!」

って言っているのに、無理矢理引っ張られて、そして、3匹のワニの後ろに

立たされました。

「ほら!ワニの尻尾を持ってごらん。」

といって、私に尻尾を向けます。

(むり!ぜ~~~~ったいに無理!!)

 

でも、またまた無理矢理、手を引っ張られて、ワニの尻尾を持たされました。

 

ワニの尻尾の感触は・・・ザラザラ・・・って感じでした。

怪獣やゴジラを触ったことはありませんが、なんか・・・怪獣って感じ、

ゴジラって感じ。

 

「ワニがこっちを向いたら、絶対に助けてね!!本気だから、私は!!」

と大きい声で叫び、本気で意思表示をしました!

もう、本当に死ぬかと思いました。

 

でも、本当にただの記念撮影でした。

ワニも結構おとなしくて、可愛かったです・・・ってか?!

 

 

その後、汗だくになった私は、みんなにお礼を言い、運転手さんと町に戻りました。

帰りのタクシーの中で、私は一生分の恐怖を体験し、そして勇気を使い果たし、

ぐったりしてしまいました。

 

そして、運転手さんは、私をお土産やさんに連れて行ってくれました。

でも、そこで気がついたのですが、実はあの青年たちも、そして、運転手さんも、

あそこにいたお土産やさんの人々も、みんな、とても丁寧な人たちばかりでした。

 

運転手さんは、私のところに寄り付こうとしているお店の人たちを排除しています。

不思議でした。

私は、現地の木彫りの彫刻の置物と、銅製の置物などを買いました。

本当に、本当に、ホテルに・・・無事・・・戻ってきました。

 

 

後で聞いたところ、私が払った7千円は、タクシーの運転手さんの1ヶ月分の

お給料だったそうです。

そう、実は、私は、超、Super VIP待遇だったのです。

 

 

縁がない限り、この後一生行くことのない国だと思います。

あのときの、タクシーの運転手さん、良く分からない3人の青年、そして、ワニたち、

そして、本当に可哀想なニワトリさん、決して忘れる事はできません。

今でも、色あせては居ますが、ものすごく硬い表情の私が現地の人に囲まれて、

ワニの尻尾を持って撮られている記念写真があります・・・。

 

読んでいただいてありがとうございました。

 

≪完≫

【仲間に振られ、たった一人でタクシー観光に出かけた私は、
 あまりにも寂しい風景に心細くなりました。
 そして、川に連れて行かれたのです。 その川から3匹のワニが
 岸に上がってきました!!! 怖い!! どうなります?私】

ふと気がつくと、どこからともなく、3人目の青年が現れました。
一人の青年が、生きているニワトリを連れていました。

ワニ達と、タクシーの運転手さんと、知らない3人の青年、と、わ・た・し・・・。

その青年が、
「チキン、ほしいですか? 20フラン(当時の通貨で40円位)ですが。」
と聞いてきたので、
(あ、お弁当を売っている子なんだ!)
と思いました。

「はい、頂きます。」
ちょうどお腹もすいていたので、(フライドチキンは食べたいわぁ。)

と思ったとき、いきなり、その青年は、
その生きたニワトリをワニに投げて・・・

食べられちゃいました・・・ニワトリさ~ん。

「チキンじゃないじゃない!! ニワトリじゃない!!」
と言いながら、涙が出てしまいました。
(本当に、ここに来なきゃ良かった!!!ごめんなさい、ニワトリさん。)

「二羽目は?」
と聞いてきたので、
「やめてください!!お願いします!!」
と言って、断りました。

すると今度は運転手さんが
「カメラを持っていますか?」
と聞くので、仕方なく渡しました・・・。

すると、みんなでワニと一緒に記念撮影をすると言い出しまして、私を
ワニの方に引っ張って行きました。

「嫌だ!!このワニ達、お腹すいているじゃない!!
 さっき、ニワトリを一気に食べちゃったじゃない!!」
  と断りました。

絶対に今度こそ絶体絶命!!

どうしましょ!私!!

                              <続く>
南アフリカへの日程表を打ったことがあります。
やっぱり、とても遠い国です。
ワールドカップで盛り上がっていましたが、やはりちょっと
行かれない国ではないかと思いました。

以前、仕事仲間とアフリカに行ったことがあります。
航空券には、『OUA』と書いてありました。
まだ、ネットなど普及していなかったときです。

その場で自分では調べられず、直接、会社に聞きました。
「ねえ、OUAって、どこ?」
すると、
「ワガドゥグーです。」
と。
「え?ますます分からない・・んだけど。」

「ブルキナファソの首都です。」

家に戻ってすぐに地図を広げました。
アフリカの(頭蓋骨で言うと、ちょうど後ろの首の上辺り)の内陸の土地でした。
2泊の予定で組まれていました。


無事にワガドゥグーに到着し、自由時間のとき、ホテルを通して、タクシーを
チャーターしました。
仲間も一緒に行ってくれることになっていましたが、みんな、疲れたと言って、
結局私一人で観光に行くことにしました。
3時間30分の予定で、7千円でした。

運転手さんは、とても優しい感じのブルキナファソーのおじ様でした。

ホテルを出て、1時間・・・。

・・・・・・・周りには、本当に何もなくなりました。
あるのは、広大に広がる野原・・・そして、ポツンポツンと土と藁で作った
お家のようなものだけ。
夜には、街灯なんてないから、真っ暗!でしょう。

ちょっと1人で来たことを後悔した私でした。

そのうちに大きい川に連れて行かれました。
タクシー運転手さんに、
「降りてください。」
と言われました。

すると、どこからともなく、2人の現地の若者が現れました。
(「私は敵ではありません!」と言わんばかりの)とびっきりの笑顔を
作り、みんなに挨拶しました。

なぜかその若者2人も一緒に歩き出し、「??」でした。

タクシーの運転手さんが、
「あの川の方へ行ってみましょう。」
と言い出しました。
ちょっとだんだん怖くなってきましたが、逆らわずに付いて行ってみました。

すると、川の中から、大きな・大きな3匹のワニが出てきました・・・。
私は、
(あ~~~、もう駄目だ!!絶体絶命!!)

私は一体どうなったでしょうか!!!

≪続く≫

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