akinaga: 2011年9月アーカイブ

初めてのルルドでは、大変緊張しました。
本当に存在した町、そして、映画の中で見た景色が、そこにはありました。
私が、日本で多忙な日々に心を失いそうになっていたときにも、ここに
この町はずっと存在してきていたのです。

町は、大きな大聖堂を中心に、曲がりくねった道が張り巡らされていました。
沢山のお土産屋さんがあって、どの店も、同じようなものを売っていました。
必ずあるもの、それは、ろうそく行列に使う白と青の「ろうそく」、そして、
ベルナデッタが掘り当てた奇跡に泉の水を汲むための、プラスティックの
ボトルでした。

みんな、そのボトルを買って、病人を直すと言うお水を汲みに行くのです。
車で来る人は、沢山のボトルに水を汲み、車に積んでいました。
家に戻って、色々な人に配るのでしょう。

私達は、5~6本のボトルを購入し、泉の水を汲みに、大聖堂まで行きました。
沢山の人達が順番を待って、水を汲んでいました。
あまり沢山の水を汲んでしまうと・・・受託手荷物制限の重量に直ぐに
なってしまうので、
(この次は、船便で送りましょう!)
と思いました。

ガイドブックは持って行ったものの、何をしなければならないのか・・考えて
しまいました。

でも、
初めてルルドを訪れた私達が、絶対にしてはいけないこと:
それは、体の不自由な方達の邪魔になるような歩き方はしないこと。
そして、私達にもできること:
それは、体の不自由な方達を助けること。

そう、ルルドには、奇跡の水を飲んだり浴びたりして、病気を直したいという
沢山の方達がいました。

私達が、生まれながらにして五体満足であることが、決して普通ではないこと、
世の中には、沢山困っている方達が居ることを知ること、そして、その人達に
協力をして生きていかなければならないと、感じたのでした。

ホテルに戻って、エレベーターに乗った時、知的障害者の男の子が乗っていました。
その男の子は、「何階?」と聞いて来ました。
「6階にお願いします。」と言うと、「OK!」と言ってボタンを押してくれました。

平和の町ルルドが、一気に身近となった瞬間でした。

<続く>
初めて私がルルドと言う場所を知ったのは、もう、今から12年位前のことです。

1945年に日本に入ってきた、「ルルドの奇跡」という映画を観ました。
その時に、「ルルド」と言う土地の名を、初めて知りました。
ルルドの泉を掘り当てた少女・ベルナデッタは、この小さな町ルルドで生まれました。
そして、映画の中のベルナデッタ役の女優さんが余りにも綺麗で、上手で、
お話にのめり込んでしまいました。
絶対に行きたくなりました。
遠いけれど、でも絶対に行きたい。

でも、私は、カソリック信者ではなかったので、「行ってはいけない」と思い、
でも、(一生に1度は訪れてみたい)という憧れを持っていました。

そう思い続けて、4年。
カソリック信者ではなくても、問題なく行っても大丈夫、という話を聞き、8年前、
初めてルルドを訪れました。

パリに入り、国内線のフライトで、ルルドに行きました。
TGVですと、約6時間掛かりますので、初めてでしたから、飛行機で行く事にしました。
空港に降り立ったときは、静かな田舎町・・と言う感じでした。
そして、タクシーに乗り、ルルドの町の中へ入って行ったとき・・・そこには「平和の空気」が
ありました。

(こんなところが本当にあるんだわぁ~。)
と感動した事を覚えています。
(どこをどうやって観て歩いたら良いのか・・・どんな振る舞いをしてはいけないのか。)
緊張をして、滞在先のホテルの部屋に入りました。

<続く>

この火曜日は、今週末の3連休に備えて、大体のことをこの3日間で
済ませなくてはいけませんので、忙しさが始まりました。

昨日は、台風の関東直撃から、帰るときには、電車が止まっていました。
道路も大混雑で、タクシーもノロノロ運転。
そして、バスも、沢山の人達を乗せていました。

私も、電車に乗れず、結局、徒歩で帰宅しました。

雨は降っていませんでしたが、風が強く、飛ばされないかと
オドオドしながら、(もしかしたらタクシーが捕まえられないか・・)と
振りかえり振りかえり歩いていました。

殆どのタクシーが『回送車』でした。

この3日間は、とても多くの依頼、そして、修正、FNL、発送があり、
とても忙しいものでした。
そして、お客様には、ご迷惑もおかけしましたが、今日も無事に1日を終え、
会社を出ました。

お客様に沢山のご依頼をいただくこと、そして、FNLまでたどり着き、
お客様のお手元に日程表が届くこと・・・この3日間は、本当に
「嬉しい悲鳴」を上げてしまいました。

読んでいただいてありがとうございました。

語学

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ある国の女子高校生が日本に留学していました。

彼女は、柔道部に入りました。
そこでは、女子は彼女だけでした。

1年もすると、彼女の日本語は、完璧に、「体育会系の男子言葉」になっていました。

「おはようございます」も、「こんにちは」も、挨拶は大体が、「うっす」
「何を言っているんですか?」は、「なにぃ?」
「お願いします」は、「おね~~~っす」

ある日、私は、ちょっとしたことから彼女を怒らせてしまいました。
彼女は、言いました、
「うっせ---んだよぉ--、てめぇ-はよぉ-!」
私は、「てめぇ-」と言われたことが、とてもショックでした。

このときに、私は、思いました、
(絶対に日本語教師の勉強をする!)
と。

そんな私は、ある日、アイルランドの人に日本語を教えることになりました。
日本語もある程度話せるし、ひらがなもカタカナも書けるとのことでしたので、
話したい事を簡単に書いてもらいました。

『わたしは、にちようび、かのぞと、はらずくに、かいものにいきました。』
「???」
始めは本当に理解できませんでした。

そうです、語学は、本当に難しいと思いました。
そのアイルランドの人は、「じゃ、じゅ、じょ」が全て「ざ、ず、ぞ」になっていました。

正解は、「私は、日曜日、彼女と、原宿に、買い物に行きました。」


そんな私は、ある日、アメリカの人に日本語を教えることになりました。
色々な『絵』を見せて、そして、単語を覚えてもらおうと思いました。

1枚目の絵を見せた時、そのアメリカの人は、答えられませんでした。
それが、プライドを傷つけてしまったようでした。
いきなり、
「ワッカラナ~~イ!アンタの絵は、ヘッタクソ!」
と言われました。

絵が下手だと言われたこともショックでしたが、「アンタ」と言われたことも
ショックでした。


私達が外国語を話しても、きっと、そうなるわけです。

本当に語学は、難しく、でも、外国の人とコミュニケーションを取るには、
とても必要なものです。
どんな国の言葉でも、綺麗な文章を言いたいと思う私でした。

読んでいただいてありがとうございました。

ある日、障害者の方達が運営している築地のパン屋さんに行く機会を得ました。

みんな一生懸命にパンを作っていました。

本当に沢山の種類のパンが置いてありました。

どれもとても美味しそうでした。

喫茶店もありますので、そこで食べられるものを選んで、後は、全て持って帰りました。

本当に、美味しかったです。

 

毎日お仕事をしていると、忙しさに追われて、それこそ『心を失いかける事』があります。

そんな時、あの彼女の言葉を私は思い出します。

そして、「心を込めて」お仕事をさせていただいている、つもりです、まだまだ私も修行の身、

出来上がっている人間には到底なれませんが


みんな同じ。

人の気持ちを推し量れる、そして、想像力のある人間になって、生きていかなければ

ならないと思います。


人として生まれている以上、良い方向に心を操作し、良い方向に良い感情を育てて

生きていきたいと思う私です。


読んでいただいてありがとうございました。

世田谷区にケーキ屋さんがあります。

作っているのは、障害を持った若者達です。

 

親元を離れて、施設で暮らし、自分達でお給料をもらう・・そう、行きていくための術を学んで

いるのです。

人によっては、自分達の時間のリズムを崩されることだけで、パニックを起こしてしまうことも

あります。

普通は、きっと簡単にケーキ作りの手順を覚えられるでしょう。

でも、彼らにとっては、とても難しい事なのだそうです。

毎朝必ず同じ時刻に出勤することから覚えなくてはなりません。

衣服を着替えて、手を洗って・・・小麦粉を量を計って、水の分量を計って・・・。

とにかく難しいのだそうです。

 

それでも、彼らには、誰にも負けないものがあります。

『真心』です。

私は、ある日、『世田谷区のケーキ屋さんの1日』のビデオを見た事があります。

みんなそれぞれ、自分のリズムに合った作業を受け持っています。

ある人は、小麦粉を一生懸命に計ります。

ある人は、お砂糖を一生懸命に計ります。

そして、ある人は、卵を割って一生懸命に泡立てます。

そして、ベテランさんになると、それらを全て混ぜるのです。

 

あるベテランの女性が、ある新人さんを怒っていました。

「だめでしょ!心から混ぜて!心で混ぜて!心を大事に!」って。

私は、一生懸命のそのベテランの女性の言葉に、「はっ!」とさせられました。

 

障害を持った人達は、心がとても綺麗です。

誰と比べて、誰かに嫉妬したり、誰かに意地悪したり・・・人の足を引っ張ったり、

決してそう言う気持ちがないのです。

ですから、私達の上辺だけの笑顔、お世辞などは、全く通じないのです。

彼らの目は、とても澄んでいて、とても綺麗です。


                                            <続く>

【ある国のある都市で会った強盗。初めての事情聴取、そして、「面通し」】


娘は、とにかく初めての怖い経験に震えて泣き出してしまいましたが、無事で何より!

励ましました。

次の朝、朝食を摂っていると、レセプションの方が私達を捜しに来て、

「警察の方がお見えです。」

との事でした。

行ってみると、私服の警察官が立っていました。

沢山の写真を私達に見せて、

「この中に、あなた達を襲った犯人はいますか?」

との事で、良く見てみました。

いました・・・警官に扮した2人、そして、あの観光客の役をやっていた男の人・・・。

3人がグルでした。

 

常習犯でした。

「現行犯で捕まえたら、『面通し』をお願いしても良いですか?」

との事でしたが、私達は次の日にパリへ戻るので、そうも行きませんでした。

どの国にも、どこの都市にも、悪い事をする人は、沢山います。

誰にも事情があり、そして、誰にも親もいる・・・みんなそれぞれ、人生に歴史を持って

います。

あの時は、怖い思いをしましたが、とにかくこのあと、被害者が出なければ良いと願う

しかありません。

その私服警官の方も、

「本当に、楽しいご旅行中に嫌な思い、怖い思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。

また、ここに来てくれますか?」

と聞いてくれました。

「もちろんです!」

と答えました。

 

そして、その日パリに入りました。

その日から、私と娘は、誰も彼もが犯罪者に見えてしまい・・・睨み付けていることに

気が付きました。

「だめだめ!」

でも、本当にこれしか犯罪に巻き込まれない方法はないのかも知れません。

 

日本に戻ってから・・・気が付きました。

冷蔵庫のドリンク・・支払うのを忘れていた・・・ことを。

直ぐにメールを送りました。

すると・・・

「大変な思いをされたことは知っています。今回のドリンクは、ホテルからのささやかな

プレゼントと、嫌な思いをさせてしまった事へのお詫びです。

どうぞ、またいらしてください。」

と言う返事でした・・・涙が出てしまいました。


読んでいただいてありがとうございました。

【ある国のある都市で強盗と思われる人達に遭遇してしまいました。

被害は、ポイントカード2枚だけでしたが・・・私達は、警察に被害届を

出すことにしました。】


どこの国でも、警察署と警察官は、とても格好良くて、正義の象徴だと思いました。

そこで、私は、初めて緊張が解けました。

調書を作成して、そして、強盗達の指紋を取るために、触ったものの中から、

1つ提出しました。


それから、1枚の紙を出してきました。

それは、日本大使館から出されているチラシで、今回と同じ手口の強盗がいる事、そして、

注意しなければならないことが書かれていました。

日本人は特に大量の現金を持っているので、そこから何枚かの現金を抜き取るという手口で

犯行に及ぶ、との事でした。

ところが、私は、20しか持っていなかったので、ちょっと焦って、クレジットカードを盗み、

暗証番号を確認したようです。

ところが、ポイントカードしか盗って行かなかった・・・と言う状況でした。

 

しかし、こう言う情報、これは、絶対に空港で配るか・・・日本で配って欲しいと思いました。

とにかく、「警察だ」と言われれば、疑ったとしても、何も言えない事は確かでしたから。

もし、始めに解かっていれば、全速力で逃げるか、叫び声も出せたのですから。

 

そして、警察官の人達は、

「本当に、嫌な思いをさせて申し訳ありませんでした。

今、多くの移民が、仕事につけない状態で、こうした形でお金を稼ぐしかできなくて・・。」

と説明してくれました。

私は、

「もし、反抗していたら、命を奪われたかも知れないと・・・考えるととても怖かったです。」

と言いました。

すると、その警察官は、

「大丈夫。彼らは、小さい泥棒はするけれど、人の命は奪わないから・・。」

って・・・なんだかねぇ~、と思いましたが、ホッとしました。

 

帰りは、危ないので、タクシーを呼んでくださいました。

無事に被害届も出し終わり、ホテルに戻ったのは、夜中の12時を過ぎていました。

                                                <続く>

【この人達は警察官ではなく、絶対に強盗です!】


とにかく、娘に何かあっては大変だと、ニコニコしながら、また、警戒している雰囲気を出さずに、

「あなた、知らないんですか?日本には、暗証番号なんて存在しないんです。

私、一度も暗証番号を、もらった事がありません!」

と、言いました。

結構凄まれましたが、「知らない」の一点張りで、全て返してもらい、たぶん強盗と思われる

2人から、

「安全に気をつけて、良い後旅行をぉ!」

なんて言いながら手を于振っていました。

こちらも、満面の笑みを浮かべて、

「ご親切にありがとうございましたぁ~。」

と嘘のお礼まで言いましたが。

 

そして、ふと気が付くと・・・あのイタリア人のお兄さんがいませんでした。

このトラブルの発端である、あのお兄さん・・・、

あ~、グルだわ!)

 

途中から、無線らしきものが出てきて、警察の本部と連絡しているようでしたが・・・

どう見ても、録音する機械にしか見えませんでしたし、偽札かどうか調べるライトも、

どう見ても、小さい懐中電灯にしか見えませんでした。

 

娘は、とにかく震えていましたが、

「普通の顔をして歩きなさい!」

と言い聞かせ、にぎやかなセンターまで行き、ホッと息を付きました。

初めての事でしたので、私は、上手く話ができたのか・・・クレジットカードの暗証番号を

言ってしまってはいなかったのか・・・少し不安でした。

とにかく、返されたクレジットカードを点検しました。

 

クレジットカードではなかったのですが、2つのデパートのポイントカードが無くなって

いました。

(やっぱり、強盗だったんだぁ~。)

「良かった・・・あれは何にも使えないし、たった1枚のお札、20は無事。」

 

これからどうしましょうか・・・。

直ぐに警察に行きました。

とにかく、直接の被害はなかったものの、こうして強盗がいるということは、しっかりと

警察に知らせなくては・・次に、また誰か観光客が狙われる・・と思いました。


                                             <続く>

ある夏、娘と、ある国のある都市で何日か過ごしました。

土曜日の夕方、ちょっとお買い物をして、夕食を食べるために、センターに出る事に

しました。

 

ホテルがオフィス街にあったので、ショッピング街へは、ビルの谷間を歩いて

行きました。

土曜日でしたので、人がいなくて、ちょっと寂しい感じがしていました。

 

すると、外国人の20歳半ばくらいの観光客らしい男性が、私に近寄って来ました。

「イタリアから来たばかりで、ママとパパと離れちゃったんだけど・・・ここは一体、

どこら辺なの?」

「私だって・・・良くわからないけれど・・・地図からすると・・・・。」


どのくらい滞在するのか・・これからどこに行くつもりなのか・・・など、ちょっとだけ

話していると・・・いきなり・・・

「手を挙げろ!!」

と、2人の警察官が近寄ってきました。

私は、直ぐに娘を庇うように、手を挙げました。

 

2人の警察官は、私達のパスポートの提示を求め、そして、質問を始めました。

「今の男から、何か悪い物を買ったのではないか・・。」

と言うことでした。

余りにも唐突過ぎて・・・でも、きちんと説明をしました。

すると、

「最近、偽札が横行している。あなた達も、持っているのではないか!?」

と言う事で、娘と私の財布の中味を見ました。

しかし、私は、旅行先では、現金を殆ど持ちませんので、そのときも1枚だけのユーロを

差し出しました。

その警察官達は、そのお札をチェックして、直ぐに返してくれました。

 

そして、クレジットカードの提示も求められ、6~7枚のカードを出しました。

1枚1枚確かめては、

「このカードの暗証番号は何だ?」

と聞いてきました。


そこで、やっと気が付きました・・・、

(強盗だわ、この人達!ど~~~するのぉ~~!嫌だァ~!)


                                             <続く>

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