2011年10月アーカイブ

あるフランス企業の社員食堂で、初めてお昼を食べた時のことの続きです。

 

私は、ビーフストロガノフとりんごジュースを取りました。

とっても量が多くて、でもとっても安くて、感動して、席に着きました。

とってもお腹が減っていたので、早速、ビーフストロガノフを食べました。

「美味しい・・・とっても美味しいぃ。甘くて、でも、ビーフの味がしっかり

していて、とっても美味しい。」

本当に、ほっぺたが落ちそうでした。

 

そして、りんごジュースも飲んで・・・本当に、フレッシュなりんごの香りがして

炭酸が効いていておいしかったです。

 

すると、仲間がやってきました。

一緒に席に着き、食べました。

 

そのうちの1人が突然言いました。

「へぇ~、日本人も、ラ・パンを食べるんだぁ!!」

私は、

「パンじゃないです、ビーフストロガノフです。」

「違うよ、ラ・パンだよ。」

そのとき、フランス語の辞書を持っていませんでしたので・・・意味がわかりません

でした。

すると、仲間のうちの一人が、英語で教えてくれました。

「ラ・パン イズ ラビット、 ユー ノーウ?」

 

げげ・・・「何?ラビット???」

 

そしたら、その人は、物まねまでしてくれました、手で耳を作って、ピョンピョンって。

「わかっているから!ラビットね!!」

もう、続きを食べることができませんでした。

私は、ウサギを食べてしまった・・・初めてでした。

ついでに、私の舌も相当いい加減なものだと痛感しました。

仕方がないので、りんごジュースを飲みました。

でも、これだけは美味しい!

 

午後、研修が再開しました。

眠くて、眠くて!

アップアップ、あくびが止まりませんでした。

そうです・・・この炭酸入りりんごジュースは、シードルでした。

アルコール度6%の、お酒でした。

知らないとは怖いことです。

 

もっと驚いているのは、フランス人は、お昼休みに、ワインを飲みながら、

ご飯を食べて、そして、午後お仕事をするわけです。

 

やっぱり、体の作り事態が違うのでしょう。

それから、ずっと、どこに行くにも、辞書は手放せなかった私です。

 

読んでいただいてありがとうございました。

前に、フランスのある企業の社員食堂で、初めてご飯を食べた時のことです。

 

まず入り口で、千円、二千円、五千円から選び、食事クーポンを買います。

そして、進んでいくと、本当に・・すごい数のお料理が並んでいました。

(なに?毎日こんなに豪華なわけ?)

 

そして、とにかくどれもこれも美味しそうでしたので、選ぶのに困りました。

メインを選びました。

ビーフストロガノフ?

とっても美味しそう!

たっぷりお皿に盛られました。

 

メインを選んだ後は、付け添えのものを選びます。

私は、ポテトフライとインゲンのゆでたもの、そして、人参のグラッセ、そして、

ロング米をお願いしました。

お皿からコボレてしまいそうでしたので、デザートは取るのを止めました。

 

まわりを見ると、皆同じようにたっぷりお食事を取り、そして、フランスパンを3~4切れ

取っています。

そして、もちろん、美味しそうなデザートも。

(無理!)

 

飲み物のところに来ました。

ミネラルウォーターを取りましたが、小さい瓶の「りんご」の絵が書かれた飲み物を

発見しました。

(美味しそうだわ~、りんごジュース大好き!)

 

そして、会計に行くと、これまたびっくり。

全部で、合計400円でした。

(毎日こんなに食べていたら、確実に太る・・・わ。)

 

そして、テーブルにつき、皆でお食事を始めました。

まず、りんごジュースをゴクゴク・・・炭酸が効いていて、甘酸っぱくて美味しい!

そして、ビーフストロガノフ! 

ソースが濃厚で、これまた美味しい!

 

やっぱり、フランスって、食べ物が美味しいです!

                                            <続く>

前に、マイアミに行った時のことを書きます。

フランス人の「アリガトウ」の話に入る前に、ちょっと、観光について話します。

 

仕事仲間と、「自由時間に何をしようか」ということを話し合い、ホテルの

プランにあった、「ヘリコプター1時間遊覧飛行」をすることになりました。

私は、ヘリコプターに乗るのが初めてでした。

 

海の上を飛ぶというものですから、

(何があっても、救命胴衣さえ着用していれば、なんとかなる!)

と思いました。

仲間は、皆、ヘリコプターに乗ったことがあるというので、私は、景色が良く見える、

操縦士の隣に座らされました・・・足元が、透明で・・・全部見えてしまいました。

 

ヘリコプターがフワッと浮き上がり、一気に海に出ました。

真っ青な海が広がっていました。

『超高級住宅街』に行ってみよう・・ということになりました、

たくさんの、それはそれは大きい、お城のような家々が見えました。

海辺に建っている家々には、それぞれ船着場があり、プライベートヨットが

停められていました。

 

しばらくすると、あたりが少し暗くなり、街のライトが本当にきれいでした。

 

夢のような1時間が過ぎ、無事にヘリコプターは着陸しました。

お腹が空いたので、ホテル近くのショッピングセンターに行きました、

それぞれが1品ずつ選んで、皆で分け合おうということになりました。

1人のフランス人が

「アリガトウ・・頼もうっと。」

といいました。

私は、

「アリガトウって、日本語?」

と聞きましたが、

「違うよ・・アリガトウ」

とな。

 

お料理がきて、「アリガトウ」を食べました・・・何かのフライでした。

とてもおいしかったです。

「アリガトウ」・・・って・・・フランス語読みでした。

英語では、「アリゲーター」・・・そうです、「ワニ」でした。

・・・なんとも言えないわ~・・・・。

 

読んでいただいてありがとうございました。

初めてのルルドとヌヴェールを訪れたのは、今から、8年前。

ヌヴェールのセントジルダール修道院に、静かに眠る聖ベルナデッタ。

ルルドでは実際に色々聖ベルナデッタの生い立ちについて、町の成り立ちについて、

実際に見てきたけれど、どうして、ここヌヴェールにいるのか、どうして、棺が公開されて

いるのか、私は、何を思い、何を感じたら良いのか・・・少々戸惑っていました。

 

色々な国から巡礼の方が来るので、英語・スペイン語・イタリア語・ポルトガル語などの

言葉ができるシスター方が住んでいます。

 

(どうしよ~。)

と思っていると、後ろから、

「日本人の方ですか?」

という女性の声の日本語が聞こえてきました。

振り返ると、日本人の女性が立っていました。

「今、受付で、日本人が来ているようだから・・・、と聞きまして。」

 

ここセントジルダール修道院に住んでいらっしゃる日本人のシスターでした。

自己紹介を済ませ、そして、シスターは、

「遠いところ、わざわざおいでくださってありがとうございます。」

と、サロンに案内してくださいました。

そこで、お互いの自己紹介、また、この修道院のこと、聖ベルナデッタのこと・・

たくさん、お話を伺いました。

 

パリに帰る電車の時間が迫り、

「また伺います。」

と、お別れのご挨拶をして、ヌヴェールを離れました。

 

次の年も、その次の年も、ルルドとヌヴェールを訪れ、そして、その日本人のシスターにも

お会いしました。

 

そのシスターは、12年半の任務を終え、京都の本院に戻られ、今、ヌヴェールには、

日本人のシスターがいらっしゃらないとのこと。

残念ながら、日本語のできる方がいらっしゃいません。

色々な説明は、やはり母国語で伺うのが一番良いと思いました。

 

でも、そこでは、誰でもお支払いすれば、泊まれるようになっていて、1度泊まったとき、

たくさんの国の人達とお話をすることができました。

こうした人と人との繋がりも、嬉しく思う私でした。

 

読んでいただいてありがとうございました。

 

ルルドで生まれ、ヌヴェールのセント・ジルダール修道院で最後を迎えた

ベルナデッタ。

ルルドを訪れるのなら、ヌヴェールへも、是非行ってみて・・と言われました。

 

ヌヴェールは、とても小さな町です。

地図どおり、セント・ジルダール修道院へ向かいました。

本当に、そこにありました。

 

でも、何をどうやって見て、どのように感じたらよいのか・・・少しだけ不安を抱きながら

入り口の門を入りました。

まず、左手には、事務所、ブティック、そして、受付のある建物がありました。

少し奥にいくと、お御堂がありました、

ツアー客と見られる何人かの外国人が出てきました。

(あそこに行ってみましょう。)

 

・・・・そ~~~っと入ってみると・・・・右前方に、人だかりがありました。

その人たちの後ろに静かに立ち、少しずつ前に進みました。

すると、私の視線の先には・・・・、

「わ~~~!!」

思わず、静かな声を上げてしまいました。

そこには、透明な棺がおいてあり、その中に、「聖ベルナデッタ」のご遺体が、

まるで生きているかのように、静かに横たわっていました。

びっくりした、というよりも・・・(やっと会えましたね)心の中で呟いていました。

 

そうです、100年以上前に亡くなった「聖ベルナデッタ」の体が、腐敗せずに

残っているとのことでした。

このことは、宗教を超えて、私たちに大事なことを語りかけているように思えました。

ずっとここに眠り、そして、私たちを静かに迎えてくれていました。

 

たくさんの人たちが、膝をついて祈っていました。

私は、その人たちのちょっと後ろ立って、(また来ます。)と心の中で誓い、

お御堂を出て来ました。

 

<続く>

ルルドの泉を掘り当てた聖ベルナデッタは、後に、ヌヴェールの修道院に行きました。

当時、ベルナデッタは、馬車で長い時間を掛けて、自分の身をおくべきところに

行ったのです。

 

ヌヴェールは、ルルドから電車で約2時間くらいのところにあります。

初めてルルドに行こうと思った時、「絶対にヌヴェールにも行くべき」ということを

言われて、計画を立てました。

 

私は現在ユーコンにて、日程表を作っています。

ある旅行社様が、『ルルド・ヌヴェール』のツアー計画をたてていらっしゃいます。

パリに入り、TGVや飛行機にてルルドに行き、その後ヌヴェールまでバスで移動して

そして、パリに再び入ります。

とても効率がよく、このツアーを初めから知っていたら、この旅行社様を利用して

いたことでしょう。

 

8年前、私はそのことを知らずに、個人的に、行くことにいたしましたので、ルルドへ行くにも、

ヌヴェールに行くにも、パリを拠点に動かなければなりませんでした、

ですから、とても日数が掛かりました。

東京→パリ→ルルド→パリ→ヌヴェール→パリ・・・・本当に大変でした。

 

初めてのルルドから戻って、次の日に、また電車に乗って、ヌヴェールに行きました。

 

ガイドブックからの知識だけを頼りに、たどり着いたヌヴェールのセント・ジルダール修道院。

さて、ここには一体何があるというのでしょう・・・。

どうして、「絶対に行くべき」というのでしょうか・・・。

<続く>

ルルドの町は、ただプラプラ歩くだけでしたら、1時間もあれば一回り
できるほどの小さい町です。

でも、プチ・トラムという電車のような形の車で、色々なところに行かれます。
ルルドの町を見渡せる山、あるいはルルドの博物館、泉を掘り当てたベルナデッタの
生家、また、ベルナデッタの一生を見せる劇場のようなものもあります。

それから、十字架の道行きという丘を登って、イエスキリストが十字架に掛かる
までの道のりを再現したものがあります。
この道のりを歩いていると、色々な国からやってきた信者の人達と神父様が
お祈りをしている光景を見ます。

夜は、8:00ぐらいから、ルルドを訪れた全ての人々が、聖堂のある広場に
集まります。
それぞれが、お店で買った、ろうそくを持って集まります。
そのろうそくに、1人の人が火をつけて、それを隣の人がもらい、又、人にあげて・・・
そうして、何千ものろうそくの火が広がって行きます。
その光景は、素晴らしいとしか表現ができません。

そこに広がる光景は、ただただ、「平和」だけが存在し、そして、国境も、人種も
全てを越えた世界が広がります。

世界は、広い。
でも、人の心は狭い。
でも、ルルドに行ったら、そんなつまらない小さな心は、必ず、なくなるはずです。
いつも、人に嫉妬し、落としいれようとしている、そんな考えは、そこには
存在しません。

そんな世界があることを知っただけでも、私には、生きていく力を持つことができます。

小さい日本にいると、時々、息が詰まるときがあります。
そんな時、ふと、ルルドに行きたくなります。
いつでも、何年でも、必ず、私達を迎え入れてくれる、ルルド。
また、来年行ってみようと思う私です。

読んでいただいてありがとうございました。
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に書いて、メールまたはFAXで発注するだけで・・・冊子型の旅のしおりを作成・印刷・納品いたします。旅行会社の皆様のお役に立てるように頑張ります。

秘密のはなし①
最近は、航空会社別に受託手荷物制限が細かく分かれてきています。弊社では、各航空会社別にインターネットより手荷物制限を入手してファイルしています。新規の制作時にこのファイルをコピペして使っております。いまは、45社のファイルが出来てしまいました。
これも、旅行会社様へのサービスの一環でおこなっております。
ルルドは、老若男女、様々な国の人々が集まります。
フランス人はもちろん、イタリア人もいと感じます。

あるとき、ホテルのロビーでくつろいでいましたら、1人のフランス人が
大きなスーツケースを持って、やって来ました。
パリに戻るのでしょうか。
その人がいきなり、
「ねえ、私、トイレに行きたいのだけれど、このスーツケース見張っていてくれない?」
と見張りを頼まれました。

また、イタリア人のお婆さんにもイタリア語で話しかけられました。
「ねえ、私、ホテルアメリカーナを捜しているのだけれど、どこ?」
って。
イタリア語で答えられない私は、そのお婆さんの手を取って、そして、色々な
お店の人に尋ねて回りました。

ついに、ホテルアメリカーナを見つけました。
すると、お婆さんと同じグループの女性達が心配して、ホテルの外で待っていました。
そのお婆さんは、
「グラッチェ!!」
と言って、仲間のところに戻って行きました。

最初から最後までイタリア語で通したお婆さん、頼もしさを感じました。

とにかく、ルルドには、国境がありません。
どのような国の人も、どのような環境の人も全てが同じ。

そんな平和な町ルルド。
こんなに平和な町が、実在するのです。

<続く>

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