父は、まず、姉を水泳選手にしたかったのですが、「センスがない」と言うことで、
諦めました。
その次に、父は、私を水泳選手にしたかったのですが、生まれたときから1年間も
股関節脱臼を患った私の足は、やっぱりキックが弱い、ということで、断念していました。
私は、ホッとしました。
だって・・・練習がスパルタでした、あのころ。
プールで泳いでいる学生に声が届かないときは、プールサイドから、
長~~~~い棒で頭や体を叩くんですよ。
あんなスパルタ教育を受けるのは、嫌でした。
家族に水泳選手がいなくて、申し訳なかったですが、その分、大学の学生の方達に
夢を託して、熱心に応援・指導をしていました。
父は、真夏に亡くなりました。
大学の水泳大会が目白押しの最中でした。
父の葬儀には、その大会の合間をぬって、昔の学生さん達、現役の学生選手が
駆けつけくださいました。
昔の学生さん達は、父を「おやじさん!」と呼んでいました。
昔の学生達も、もう、おじいさんです。
面影はありますが、みんな、おじいさんになりました。
時の流れは早いもの。
だからこそ、人と人のつながりを大事にして、真剣に毎日を生きて行きたい・・・。
毎年、父の命日が近づくと、私は、自分を戒めるのです。
読んでいただいてありがとうございました。
【完】

コメントする